援助マリア会 杉原法子

11月29日、台風22号が東京に接近、その間隙をぬって飛行機は沖縄に飛んだ。初めての沖縄訪問である。昨今、新聞紙上で沖縄の米軍基地、辺野古移設問題や高江でのヘリパッド建設を争点に、沖縄と国との対立が続いている。日本女子修道会連盟主催、沖縄の問題を知るための体験ツアーに参加した。今沖縄に何が起こっているのか、沖縄の現状を自分の目で実際に見て確かめたいと思ったからである。

第一日目は、激戦地となった嘉数(かかず)高台から普天間基地を臨む。市街地の真ん中に位置する基地に飛び交うオスプレイを遠くから眺めても、騒音と事故の危険性は想像に難くない。その上何やら拡張工事が行われているようで移転する気配は見られない。疑問を抱きながら辺野古新基地建設予定地に向かった。台風直後で人々の座り込みはなかったが、再度貼りなおされた横断幕やポスターに県民の声がぎっしり詰まっている。粘り強く非暴力の抵抗を続ける県民の反対運動が、埋め立て工事の進捗を遅らせ、このままだとダンプカーが土を運ぶのにあと100年かかる計算だそうだ!人間の営みをよそに静かな表情をたたえた辺野古の海が印象的だった。バスで湾を回って、対岸の浜で美しいサンゴや貝殻を拾いながら、この海が決して壊されてはいけないと切実な思いが湧き上がってきた。

高江では、ヘリパッドが完成したそうであるが、バリアが固くとても基地の中は覗けない。「これまで続いた座り込みはもう終りですか」と尋ねたところ、否、テントでの抗議活動は続けていくと、そこで命がけの運動を続けて来られたご夫妻が話してくださった。息の長い非暴力の戦いが続く高江の方々に、われわれも応援を続けると連帯を約束してきた。

第二日目は、平和資料館の見学に始まり、多くの若い命が犠牲になった「ひめゆりの塔」で祈り、沖縄戦で住民の避難場所となり野戦病院として利用された自然洞窟、糸数ガマ270メートルを懐中電灯の光を頼りに歩き通した。72年前の住民を巻き込んだ沖縄戦の悲惨さは想像を絶するものだ。

「戦争は人間の仕業である」(教皇ヨハネパウロ2世)。犠牲となった多くの人々の声を心に、暗澹とした思いで帰途に就いた。

日本全国に米軍基地が128もある。そのうちの32が沖縄に集中しているという。それらの基地の幾つかはグアム移転、それに伴い自衛隊が沖縄基地に入るとも聞いた。戦後70年経つ現在も平和とは言い難い沖縄の実情を見聞し、「命どぅ宝(命こそ宝)」と平和を希求する沖縄の心を強く刻んだ旅であった。この体験で学んだことをどう生かしていくかが今後のわたしの課題である。少なくても、見聞したことの事実をより多くの人に伝えていく使命を重く受け止めている。

沖縄の体験(写真付き)